平成24年6月号
老人ホームと税務への影響
世界一の長寿国日本。まだまだ平均寿命は着実に伸びそうです。高齢化は進み、現在でもほぼ4人に1人が65歳以上、一方では核家族化も進んでいます。このような中、高齢者の生活、介護問題に対してどう対処するかが高齢者本人と家族の悩みの種となっています。老人ホーム等の施設を利用することも選択肢の一つとなりますが、どのような施設を利用するかによってその後の税務上の取り扱いが大きく異なることがあるので注意が必要です。もちろん税務が最優先される問題ではありませんが、その判断に誤りがないよう確認しておきたいと思います。
◆自宅を相続した場合の小規模宅地等の特例の可否
被相続人(親)が居住していた宅地をその親族(配偶者や子など)が相続した場合、一定の要件を満たすと相続税の計算上、その宅地の評価額を80%減額することができます。
(図1)
例えば、評価額が1億円の宅地であっても、上記要件を満たす宅地であれば、課税対象額は2,000万円ということになります。この特例を適用できるか適用できないで、相続税額は雲泥の差となります。
ここで問題となるのが、もともと被相続人の居住用宅地であっても、死亡当時には老人ホーム等の施設に入っていた場合です。税務では被相続人の居宅(生活の拠点)は1つしかありません。この生活の拠点がどこにあるのかは、度々納税者と課税当局との間で争いになります。なお、生活の拠点は実態で判断され、住民票の有無は直接関係ありません。
例えば、死亡当時に病院に入院中であったということは多々あります。当然この場合はたとえその入院期間が長期であったとしても、自宅が他の用途に使用されているような場合を除き、生活の拠点は病院ではなく自宅にあると判断されます。病院は治療するところであって住むところではありません。
これに対し老人ホームに入所したような場合には、一般的には、それに伴い被相続人の生活の拠点も移転したものと考えられます。しかし、個々の事例の中には、その者の身体上又は精神上の理由により介護を受ける必要があるため、自宅を離れて老人ホームに入所しているものの、その被相続人は自宅での生活を望んでいるため、いつでも居住できるような自宅の維持管理がなされているケースもあります。このようなケースについては、病院に入院していた場合と同様な状況にあるものと考えられる場合もあるため、次に掲げる状況が客観的に認められるときには、被相続人が居住していた建物の敷地は、死亡直前においてもなお被相続人の居住の用に供されていた宅地等に該当するものとして取り扱うことができます。
(1) 被相続人の身体又は精神上の理由により介護を受ける必要があるため、老人ホームへ入所することとなったものと認められること。
(2) 被相続人がいつでも生活できるようその建物の維持管理が行われていたこと。
(3) 入所後あらたにその建物を他の者の居住の用その他の用に供していた事実がないこと。
(4) その老人ホームは、被相続人が入所するために被相続人又はその親族によって所有権が取得され、あるいは終身利用権が取得されたものでないこと。
上記4つの条件のうち(2)(3)の条件は、自宅にある家具などを処分することなく、いつでも再び生活をスタートできる状態に維持しておくことで、新たに他人に使用させているようなことがない限り満たすことができるでしょう。問題は(1)(4)です。一言で老人ホームと言っても様々な形態のものがありますが、主な施設ごとに区分すると、もともとの居宅が被相続人の居住用宅地が小規模宅地等の特例の適用対象となるかどうかの可否は(表2)のとおりになると考えられます。
ただし、(表2)は一般的な考え方であって、ケースによっては、老人健康保険施設や特別養護老人ホームであっても生活の拠点がそこに移転したと考えられ、小規模宅地等の特例が適用できない場合もあるかと思います。本人の生活状況や入居目的など総合的に勘案して実態で判断すべきでしょう。
(表2)
施設 |
可否 |
理由 |
老人健康保険施設 |
○ |
原則として3か月を限度に疾病、負傷などの状態の回復を目的とした施設であることから一時的な入所であると考えられる。 |
特別養護老人ホーム |
○ |
介護を受ける必要がある者に対する施設であり、所有権・終身利用権が取得されるものではない。 |
健康型 有料老人ホーム |
× |
心身ともに健全な状態であり、自発的な入所であることから、生活の拠点を老人ホームに移したと考えられる。 |
介護付終身利用型 有料老人ホーム |
× |
終身の介護を受けることを前提として入所したものであり、一時的なものとはいえない。 |
◆自宅を売却した場合の居住用の特例の可否
老人ホーム等の施設に入所後に、元々の居宅を売却する場合の譲渡所得税の取り扱いについても、基本的には前述の相続時の小規模宅地等の特例の考え方と同様になると考えられます。
自己の居住用の建物やその土地を売却した場合には、譲渡所得税の計算上下記の特例が認められています。
①居住用財産の3000万円特別控除 ②軽減税率の特例 |
①譲渡益から最大3000万円を控除できる。 ②税率が14%(本来20%) |
特定居住用財産の 買換え特例 |
一定の要件のもとに、売却した居住用財産の価額と新たに購入した居住用財産との差額に課税 |
ここでも居住用であることが条件になります。転居日から3年目の年末までの居宅を売却は居住用として取り扱われますので問題ありませんが、それを超えてから売却した場合には、居住用財産であるかどうかの判断はやはりその居宅の状態と入所した施設の種類によるところになります。有料老人ホームの場合は、可能であれば3年目の年末までに売却した方が安全です。
◆特別養護老人ホームに入所すればいい?
税務上の特例が受けられやすい特別養護老人ホームですが、公的福祉施設であるため毎月払う費用は低額で入所金も基本的に不要であることから人気があります。もちろん有料老人ホームに比べれば設備はそれなりですし、部屋も相部屋が通常です。ただ、誰でもすぐにこの特別養護老人ホームに入れるという訳ではありません。介護度が高い人ほど優先的に入所できるため、介護状態や希望施設によっては入所まで数年待たなければならないこともあります。
◆有料老人ホームとは
一般的な老人ホームは、介護を必要としない自立生活者を対象とした「健康型有料老人ホーム」や介護スタッフが常駐する「介護付有料老人ホーム」、その中間で介護付ではないが訪問介護などを受ける「住宅型有料老人ホーム」などがあります。いずれも所有権はありませんが終身利用権が付されているのが一般的で、入居時には一時金の負担があります。